2016年05月22日

平成28年5月北帰行 前編 東北

平成28年5月12日(木)午前8時、川崎の自宅を愛車ヴィッツでスタート。
今年で9回目の北帰行です。天気は晴れ。
ルートはあまり深くは考えていませんでしたが、何となく去年の10月は日本海側を南下したので今年は太平洋側を北上することにします。
首都高大橋JCTから中央環状線を経由して常磐道に入ります。高速道路を走行することには全く興味がありませんので、谷和原INTで常磐道を下りて国道6号(水戸街道)へ戻り、以降殆ど太平洋岸を走ることになります。

埼玉、茨城はところどころ渋滞があり、福島に入ると既に午後4時になってしまいましたので以前から魚の豊富な港として記憶していた小名浜港に立ち寄ることにしました。
そろそろ店仕舞いをしていた港の土産物店の小父さんに旨い魚の食える店と今晩泊まれるところを尋ねると親切にも地図を書いて詳しく教えてくれました。
紹介していただいた食事処は料亭でした。建物といい仲居さんといい、如何にも歴史と格式のある料亭です。
まだ夕食には一寸早い時間でしたのでお客は私一人です。仲居さんお勧めの海鮮丼を注文。
仲居さんの話ではこの料亭も津波に襲われたそうですが奇跡的に建物が残ったのだそうです。

小名浜港からすぐの料亭「一平」
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通されたお座敷のお客は私一人
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さすがに新鮮なカニと甘海老と鮑の3種海鮮丼定食
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夕食後、市場の小父さんが教えてくれた料亭「一平」のすぐ傍の旅館にチェックイン。この旅館も料亭の親戚に当たるそうで小奇麗な宿でしたが驚いたことにはすぐ近くに何軒かトルコ浴場が棟を並べていて、未だ明るいにも拘らず客引きらしきお兄さんが立っています。遠洋漁業基地としての小名浜の歴史を感じさせます。

翌朝は7時半起床、小名浜港を見渡せる三崎公園に立ち寄り再び海沿いの道を北上します。途中美空ひばりの「みだれ髪」の歌碑がある塩屋崎に立ち寄りましたが、海岸近くはダンプが行き交い津波の後処理工事が進行しています。また海岸近くの幹線道路には過去の津波がここまで来たという大きな標識が必ず下りと上りの両方に建てられています。

小名浜の三崎公園、マリンタワー
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塩屋崎灯台と「みだれ髪」の歌碑
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海岸線沿いの福島県道382号を進み再び国道6号線(陸前浜街道)に合流して暫く行くと、東北大震災の報道で馴染みとなった広野町、楢葉町、大熊町、双葉町を通過します。この辺りになると行き交う車は復興工事に従事するダンプとパトカーが多くなります。

福島第一原発に最も近い大熊町、双葉町は帰還不能地域として立入が禁止されている
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無人となった住宅
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国道6号を小高町、鹿島町、相馬市と進み宮城県に入り、山元町、亘理町と進むに従い徐々に渋滞が多くなります。大都市仙台に近づいたせいでしょうか。仙台中心部を避け海岸線に近い地方道10号線に入り仙台空港を通り塩竈市を目指します。

塩竈市に入った時には既に午後1時を回っていましたのでJR本塩竈駅近くの寿司店「すし哲」で昼食とします。流石に塩釜港に揚がる新鮮なネタは十分納得のできるものでした。
親父さん話では津波は店の鴨居まで来たそうで入口の鴨居にその高さを示す張り紙がしてありました。
話は寿司ネタから震災の復興状況に及び、現在進行している津波予防のコンクリート製堤防の話になりました。地元の人たちは殆どの人が反対にもかかわらず公聴会では発言を封じられ一部の利権に絡む人たちによって進められているとのこと。
私も以前からこの風光明媚な海岸をその効果も疑問なコンクリートの無粋な防波堤を莫大な費用をかけて作ることには大いに疑問を抱いていましたので、親父さんの話にはやっぱりそうだったのかという思いを強くしました。コンクリートの防波堤に変わる重要な提案について興味のある方は、2015年8月21日のブログ記事「雨のち曇り」でご紹介している『3.11復興への提言「瓦礫を生かす森の防波堤が命を守る」』宮脇昭著 学研出版 をお読みになることを強くお勧めいたします。

塩竈市の寿司名店「すし哲」
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親父さんにこれから八戸まで行き夜10時発のフェリーに乗る積りと告げると、これから先一般道は特に海岸寄りでは復興工事中のため時間がかかるので今からでは気仙沼まででも2時間はがかかるだろうとのこと。時計を見るといつの間にか3時に近い時間です。
結局、親父さんのアドバイスに従い塩竈神社の先から一部開通している三陸自動車道(現在無料)に入り終点の東和町まで行き気仙沼市を目指すことにしました。お陰様で1時間は短縮することができました。
東和町から国道398号を下って南三陸町の沿岸に近づくにつれ、丘陵を削り低地を埋める盛土工事が盛んに行われています。やがて高さ10m以上もあろうかと思われる盛土の間に赤い鉄骨の骨組みだけになった旧南三陸町役場の防災対策庁舎が現れます。
マスコミでも度々放送された当時24歳の職員だった遠藤未希さんが30分に亘って62回も防災無線で避難をアナウンスし続けて屋上に避難した他の42人の職員などとともに犠牲となった3階建ての建物です。津波は高さ15.5mに及び屋上の高さを2mも上回ったのだそうです。

私はこの話を聞いて終戦後直ぐに起きた南樺太の真岡郵便電信局事件を連想しました。
*真岡郵便電信局事件とは日本の降伏が近いと見たソ連が突如、日ソ不可侵条約を一方的に破棄し満州、樺  太、アリューシャン列島に侵攻してきて昭和20年8月20日には南樺太の真岡市に侵攻、当時17歳から24歳ま での真岡郵便電信局の女性電話交換手9名が最後まで業務を遂行し集団自決しました。稚内市を見渡す高台の 稚内公園には二つの搭が建っていて一つは「氷雪の門」と呼ばれる樺太で亡くなった人たちの慰霊碑、もう 一つは「皆さん、これが最後です。さようなら。」と刻まれた9人の若き女性たちの碑です。私は5年前にこ こを訪れています。
詳しくはネットで「真岡郵便電信局事件」で引くと詳しく出ています。

稚内公園にある女性交換手9名の碑(平成23年7月27日撮影)
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さて、南三陸町(旧志津川町、北隣の旧歌津町と合併して南三陸町となった)からは再び海岸線沿いの国道45号線を北上、気仙沼市、陸前高田市、大船渡市、釜石市と通過し、やっと岩手県に入りました。
更に大槌町、(陸中)山田町を過ぎ宮古市に入る頃には既に6時を過ぎて暗くなってきました。
今から八戸までは3,4時間はかかりそうです。宮古市街の少し手前にあったビジネスホテルに飛び込みましたが、生憎復興工事の関係者で満室とのこと。夕食も未だだったのでラーメン屋に立ち寄り店を出た時には7時を回っていました。止むを得ず宮古港に近い道の駅の駐車場で車中泊することにします。

翌朝は6時に出発、すぐ近くの浄土ヶ浜に立ち寄ることにしました。まだ時間が早いので誰も居ません。
駐車場から階段を降りて浜辺伝いに小さなトンネルを抜けると奇岩が連なる浄土ヶ浜です。この辺りにも津波の痕跡が僅かながら見てとれます。

浄土ヶ浜
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再び国道45号線に戻り北上し、田老町を過ぎたところでマップルガイドブックを見ると途中左折して国道455号線を4qほど行ったところに道の駅いわいずみがあって、岩泉特産の短角牛のビビンバが旨そうなので寄ることにしました。これはメニューが変わっていて期待外れでしたが、その先3qほどに龍泉洞なる鍾乳洞があるようなので行ってみることにしました。

まだシーズンには早いのでしょうか、清水川の辺にある龍泉洞の入り口近くは閑散としています。早速町営の無料駐車場にVitzを停め、川を渡ると入り口があります。入場券を買って中へ入るとゴーゴーと音をたてて流れる水の音とヒンヤリとした冷気に期待感が高まります。
案内板にはここが山口県の秋芳洞、高知県の龍河洞とともに日本3大鍾乳洞のひとつであること、洞内の延長は分かっているところで3,600m、そのうちの700mが公開されていること、現在も調査中で総延長は5,000m以上と言われていること、そして8か所ある地底湖のうちの最深部にある第3地底湖は水深98mで世界有数の透明度を誇ることなどが書かれています。

照明はありますが薄暗い洞内をアップダウンを繰り返しながら進んで行くと最深部と思われる第3地底湖に到達します。そんなに大きな開口部ではありませんが、水中に照明がありその先には何とも神秘的な青い穴の向こうにまるで底なしの海が広がっているようで吸い込まれそうな恐怖感さえ感じます。

入口から鍾乳石の回廊が続きます。
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水深98mの神秘的な第3地底湖
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第3地底湖から一気に最上部まで急登し、更に下って入口に至る狭い階段が300段以上が続いています。(体力に自信の無い方はここから引き返すよう注意書きがあります)
途中に興味深いところがありました。山ブドウワインの貯蔵庫です。この辺りでは名水、短角牛とともに山ブドウワインも作っているようです。帰途また道の駅で聞いてみましたが、発売と同時に売り切れてしまいこの時期は売っていないのだそうです。残念!
兎にも角にも岩泉町の龍泉洞は自然の神秘と芸術作品が見られるお勧めの観光スポットでした。

龍泉洞内の山ブドウ宇霊羅(うれいら)貯蔵庫入口
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そして山ブドウワインが眠る庫内
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*龍泉洞観光案内
 所在地:027-0501 岩手県下閉伊郡岩泉町岩泉神成1-1
 TEL:0194-22-2566
 営業時間:8:30〜17:00、5〜9月は8:30〜18:00 定休日なし
 料金:大人(高校生以上)1,000円 小中学生:500円

再び国道45号線に戻り久慈市を目指します。ここまで来れば八戸までは余裕を持って到着できそうです。
そこで途中から右折して海岸線を行く地方道44号線に入り北山崎展望台に立ち寄ることにしました。
展望台のテラスからは高さ200mの断崖が続く海岸線が見下ろせます。断崖の下まで降りる階段や断崖の上を散策するトレッキングコースも完備されているようです。

北山崎展望台からの展望
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北山崎を後にして普代村で再び国道45号線に戻ると久慈の街はもうすぐです。久慈市街を抜けて一部無料開通している八戸ー久慈自動車道を利用して夕方には八戸港に到着。早速、昨年上京の際にお世話になった椎茸おじさんに逢いたくて陸奥湊駅前市場に向かいます。ただ時間が時間なので多分おじさんはいないだろうと思いながらも万が一の淡い期待は抱いていました。
しかし、市場に着いてみると人影は無く市場は閉まっています。ふと気が付くとマーケット棟の道を挟んで隣りで一軒だけ夫婦と思われる老夫婦が二人で店仕舞いでもしているのか片付けをしています。
軒先には何の魚か分かりませんが大きな鰻のような干物が吊るされています。「済みません。あそこで椎茸を売っていたおじさんに逢いに来たんですが今日はもう帰られたんですか?」と尋ねると「今日は第2土曜日で市場は休みだよ」との返事。そうか、今日は第2土曜日か。おじさんに逢えれば北見への土産に椎茸を買って行こうと思っていたのに残念。やはりお二人はご夫婦でご主人は旧国鉄を退職して魚の卸屋になったとのこと。
軒先に吊るされている干物が脂が乗って旨そうなので聞いてみました。「これは何の魚?」「鱧だよ。」「京都の料亭なんかで出される、あの鱧?」「そうだよ。脂が乗って旨いよ」
そうだ、これを土産にしよう。「これからフェリーで苫小牧に渡って北海道の北見まで行くんだけど、大丈夫かなあ?」 沢山ある中から良さそうなのを5尾選んで貰い、おばさんがスチロールの箱に1尾づつ新聞紙とビニールで包み更に冷蔵庫からビニール袋に入った氷を冷凍した保冷剤を一杯詰めてくれました。

第2土曜日で休みだった陸奥湊駅前市場
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親切な老夫婦の魚屋さん
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午後5時と夕食には少し早い時間ですが魚屋のおじさんに教えて貰った市場の近くの食堂で食事を済ませ、八戸港フェリー乗り場で午後10時の出帆を待つことにしました。

八戸ー苫小牧を8時間で結ぶフェリー
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                                          前編終わり

posted by ぼたん園々主 at 00:23| Comment(0) | 日記