2021年05月28日

独居老人の独り言 武漢ウイルスとかかりつけ医

  令和3年5月28日午後4時25分。曇り、気温14℃、最高気温16℃、夜間最低気温予想8℃。
  午前中は小雨が降っていたが昼前には上がったので、午後から食料品の買い出し。先ほど請求書や領収書の整理と伝票の起票が済んだのでブログを書き始めた。今日は武漢ウイルスの対応について、去年からずっと不思議に思っていることについて書きたいと思う。

  ひとつはワクチンの接種について。

  2000年(平成12年)に介護保険制度が創設されてから今年で31年になる。当時東京でサラリーマンだった私に牡丹園を一人で守っていた叔母から、冬の間も安定した収入を確保するにはどうすればよいか考えておくようにという宿題を貰った。また、当時世田谷で一人暮らしをしていた母のこともあり高齢者の医療と福祉について強く関心を持つようになった。

  まず最初に知って驚いたのは日本の高齢者福祉の惨憺たる現状であった。「寝たきり老人」(実態は寝かせきり老人)が大勢いる国と「寝たきり老人」のいない国。福祉先進国と言われるスエーデンやデンマークなどの豊かな老後に比べて、日本の高齢者対策はなぜにこうも遅れてしまったのか、暗澹たる気持ちになったことを昨日のことのように思い出す。

  この頃読んだ本のなかに、日本の医療制度についていつも不思議に思っていたことにヒントを与えてくれることが書かれていた。それは、なぜ大きな病院はいつも患者が溢れていて何時間も待たされることが当たり前になっていて誰も文句は言わない。これでは急に具合が悪くなった人や体力のないお年寄りなどは余計に体調を崩してしまう。

  その本にはどこの国のことを書いていたかは忘れたが、国民全員一人一人が普段から自分の「かかりつけ医」を国に登録することが義務付けられていて、具合が悪くなった場合は先ず「かかりつけ医」に見てもらう。「かかりつけ医」で手に負えないような病気の場合は、その「かかりつけ医」の紹介により初めて大きな病院の専門医に行く、というのである。国民は自由に自分の「かかりつけ医」を選ぶことができるので医者には競争原理が働き、よい医者ほど経営は安定するという。

  これなら日本の多くの総合病院のようにいつも混んでいて、特に平日などは年寄りばかりが目立っていて(高齢者が多い日本では当然なことではあるが)本当に緊急を要する患者が何時間も待たされるようなことは無くなるだろう。誰が考えても不合理なことは明らかだと思う。どうして誰もおかしいと言わないのか、実に不思議なことだと思う。

  日本では普通の風邪による発熱でも当たり前のように大きな総合病院に行くし、国民皆保険制度や高額医療費制度による安心感からか、少しでも体調がおかしいと安易に医者や薬に頼ろうとする。利用する国民の側からすれば恵まれた環境と言えるかもしれないが、現状のままでは制度の維持そのものが難しくなることは明らかである。

  私は、今回のワクチン接種は最初から「かかりつけ医」を中心に進めていればこのような無駄な混乱やコストを避けられたのではないかと思う。現に、今日(5月29日)のテレビニュースでワクチン接種率で和歌山県が都道府県のトップを走っていることが報道されている。知事が同県は開業医数が全国トップなこともあり、集団接種がまだ始まっていないにも関わらず、「かかりつけ医」に協力を依頼して接種を進めているとのコメントを伝えている。

  大規模会場での接種は高齢者や基礎疾患のある人にとってはリスクがあり、電話やネットでの先着順の予約では特に高齢者や情報弱者にとってはハードルが高いことはちょっと考えれば想像できることではないか。  
  自宅の近くでかかりつけの町医者で接種を受けることが最も確実で、安心、効率もよい(殆ど問診が省略できることや全国に多数ある町医者に分散できることなど)ことは少し考えれば自明のことではないか。専門家も政治家も役人も、そんなことに心と頭が回らないのが不思議である。

  この際、むかし読んだ本を読み直したり,ネットで最近の情報を調べてみた。

先ずは、日本、英国、ドイツ、フランス、米国の医療制度を比較した、ニッセイ基礎研究所の「海外の医療制度は違うの?」(https://www.nli-research.co.jp/report/detail/id=58038?site=nli)より取り上げてみる。

1.日本
  国民はいずれかの公的医療保険に加入し、支払われた保険料を主な財源(税金も投入されている)とする
「社会保険方式」であり、国民皆保険制度(全国民が公的な医療保険の保護を受けていること。1961年以来50年の歴史を持つ)と、「フリーアクセス」(保険証1枚あれば、いつでも自由にどの医療機関ででも公的保険を使った医療が受けられること)を特徴とする。

  さらに、他国には同等・類似の制度があまり存在しない、高額医療費制度(年齢・所得に応じ、医療機関や薬局での支払額が1か月のうちに一定額を超えた場合には、それ以上は自己負担しなくてもいいこと)を備えている。

2.英国
  「税方式」により運営される国営の国民保健サービス(NHS:National health Service)により医療が提供される。基本的には窓口での自己負担や保険料負担なしに医療サービスを受けることができる。

  医療は「フリーアクセス」ではなく、かかりつけ医制度が厳密に運営されている。利用者は予め登録したかかりつけ医の診察を受け、必要に応じ、かかりつけ医の紹介を受けて専門医を二次受診する仕組みで、かかりつけ医の紹介がないと二次診療を受け付けてもらえない。

3.ドイツ
  世界で最も早く公的な医療保険制度を導入した国である。公的医療保険の財源は労使拠出の保険料であり、税による補填は原則行われていない。

  年間所得が限度額以下の被用者や学生、年金受給者、失業者等は公的医療保険に加入する義務がある。公務員、自営業者、報酬の高い被用者等は加入義務を免除されており、公的医療保険に加入する場合は任意加入者として加入する。ただし、2009年以降は公的医療保険に加入しない人には民間医療保険への加入義務が課されるようになり、官民の医療保険を合わせて事実上の国民皆保険が達成されることとなった。

  かかりつけ医については、最初にかかりつけ医を受診することが義務付けられている訳ではないが、かかりつけ医の紹介状を持たずに専門医を受診した場合は10ユーロを負担する必要がある。その結果、利用者の9割がかかりつけ医を持つようになっており、事実上のかかりつけ医制度が機能している。

  入院、薬剤等について、利用者には自己負担がかかるが、一般患者は年間所得の2%まで等、一定の自己負担限度額が設けられている。

4.フランス
  職域ごとに設けられた被用者が対象の公的医療保険と自営業者等の非被用者を対象とする公的医療保険の「社会保険方式」である。公的保険による国民のカバー率は99%で、ほぼ国民皆保険である。財源は労使拠出の保険料が中心だが、「一般社会税」という名の目的税も投入されている。

  外来3割、入院2割等、一定の自己負担があるが、この自己負担分を補填する商品を、共済組合等の民間保険会社が提供しており、加入することが通例となっている。この民間医療保険は保険料が収入に応じて設定されることや低所得者については税財源により無拠出で加入できる仕組みがある等、民間保険でありながら公的な側面も有している。

  ドイツと同様、利用者は最初にかかりつけ医を受診することを義務付けられている訳ではないが、事実上かかりつけ医制度が浸透している。かかりつけ医を通さず自由に専門医を受診することもできるが、その場合には医療費の5割を負担しなければならない。一方、公的医療保険にかかりつけ医を届け出、そのかかりつけ医を通して専門医を受診した場合は3割負担で済む。その結果、2007年で85%の利用者がかかりつけ医を持つようになった。

5.米国
  公的な医療保険は、65歳以上の高齢者および障害者を対象に連邦政府が提供している「メディケア」と低所得層を対象に州政府が提供している「メディケイド」があるだけである。現役世代の人々は、民間保険会社の医療保険に加入する以外に医療保険を手に入れる手段はない。

  その背景には、公的な関与を嫌い自由競争と自己責任に基づく民間の力を尊重するという米国流の考え方がある。競争を勝ち抜いて質の高いサービスを提供する者が高い報酬を得ることができる。医療も同様に、国の保護を当てにするのではなく、自分で保険を準備せよ。こうした風土で、世界最高水準の医学と医療現場を実現した。

  しかし、その結果米国の医療は世界でも群を抜いて高くつくものになってしまった。国民一人当たりの医療費で見ても、医療費の対GDP比で見ても、米国の医療支出は飛びぬけている。民間医療保険の加入は義務ではないので、なんらの医療保険にも加入していない無保険者が多数発生し政治問題化した。

  2009年に就任したオバマ大統領は翌年改革法を成立させ、国民はメディケア、メディケイド、民間医療保険のいずれかの医療保険に加入することを義務付けた。また、民間医療保険に加入した場合は一定の条件下で補助を受けられることとした。(オバマケアという)

  しかし、補助を受けて民間保険に加入するよりも加入しないで保険料を払わない方が得策と考え、無保険のままでいつづける人も少なからずいる一方で、不健康な状態の無保険者が契約に加入したことにより、民間保険会社の収支が悪化した。さらに、オバマケアの撤廃を訴えて大統領選を勝ち抜いたトランプ大統領は民間医療保険加入者の税制上の補助策を打ち切ってしまった。

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  以上見てきたように欧米先進国の医療制度はまちまちであるが、米国は別としても、「かかりつけ医」については英国が厳密に運営されている以外は、ドイツ、フランスでは最初にかかりつけ医を受診することが義務付けられてはいないが、医療費の負担額の違いにより事実上はドイツは国民の9割が、フランスは85%がかかりつけ医を持っている。

  これに対して日本では、持病があったり頻繁に病気になる人は別として、果たして国民の何割が「私のかかりつけ医は〇〇医院です」、と即答できるであろうか?そもそも、「かかりつけ医」の定義も曖昧である。

  今回の武漢ウイルスで明らかになったことのひとつが、日本には制度としての「かかりつけ医」が無いことなのである。昨年の武漢ウイルス発生当初から言われていたことに、どうして日本は欧米に比べてPCR検査数が増えないのかという疑問があった。幸いにも、日本は特に欧米に比べて感染者数、重症患者数、死亡者数のいづれもがけた違いに少なかったから、あまり重大問題にはならなかった。

  私は当初から、なぜ人員も体制も強力とは言えない保健所に窓口を絞るのか?どうして、全国に多数あるかかりつけ医(家庭医、ホームドクター)に協力を依頼しないのか不思議に思っていた。そのことは、今回のワクチン接種で、より明確になったと思う。

  最後に、私がかかりつけ医の重要性を改めて感じたのは、私事ながら一昨年妻が急に体調を崩して結果的には3か月以上の入院を余儀なくされた時である。入院前の半年近くの間、体調不調の原因が分からず近所の行きつけの(妻は年に数回お世話になっていた)診療所でも分からないと言われた。仕方なくあちこちの診療所を回り、その都度違う診断名を言われ薬を大量に処方された。

  その間にも妻は体力を消耗し、初めての経験となった救急車のお世話にもなった。いよいよとなり、子供たちの協力もあり、地区最大の総合病院になんとか入院できて一命を取り留めることができた。普段あまり病気をしたことのない人間ほど、いわゆる「かかりつけ医」には縁がない。

  私の場合は5年以上前に冠動脈手術を受けたので、定期的に検診と薬を貰いに近所の診療所に通っているので、何となくお互いに「かかりつけ医」のようなつもりでいる。これが登録制となれば、お互いに明確に信頼と責任を自覚できることになるだろう。そしてパンデミックのような時には有効な対処ができるようになるだろうと思う。一日も早く「かかりつけ医」が制度として取り上げられることを切に願っている。

  「かかりつけ医」で調べると、必ず「プライマリ・ケア」とか「プライマリ・ケア医」という言葉がでてくる。「プライマリ・ケア」については、稿を改めて報告したい。そして、今回調べた中で北欧やドイツの患者中心の医療と日本の医療システムの違いについてもリポートしたいと思っている。

                       令和3年6月1日(火)午後11時40分。                        
  
 
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2021年05月16日

独居老人の独り言 緊急事態宣言の中、北見へ。

  令和3年5月16日(日)午前9時20分。曇り、気温22℃。

  北海道に今日から緊急事態宣言が発令された。今月31日まで。北海道全域に外出、往来の自粛、札幌など10都市町村(北見市は入っていないが)に酒類やカラオケを提供する店の休業要請が出た。

  先週の13日(月)から北見へ行く積りで準備をしているが、なかなか踏ん切りがつかない。一つは北見の詳しい感染状況が分からないこと。どちらにしても今、東京(神奈川も北見の人たちから見れば同じようなもの)から来る人間は歓迎はされないことは明らかである。

  二つ目はワクチンの接種についてである。今月の7日(金)に川崎でのかかりつけ医である新ゆり内科、高橋先生に定期健診に伺ったときに、もし希望するなら5月中にワクチン接種の予約を取ってくださるとの有難い申し出を頂いた。ただ、近く北見に行く積りなので、2回目の接種が3週間後となると6月になってしまうので北見で受ける予定ですと申し上げて辞退してしまった。その後、北見市に対して住所地外接種届を郵送したが、いつ北見での接種が可能になるかは分からない。

  ワクチンの接種は高齢者で1回目を終えた人の割合がまだ2%程度とのこと。政府は自治体に7月末までに高齢者の接種を完了することを目標にしていて、そのためには1日100万回の接種が必要になるらしい。
  一番のネックはワクチンの打ち手が足りないとのことで、歯科医や自衛隊まで動員しようとしている。
・・・・・・・・・・・・・ここまで書いたところで中断。

  今日は、令和3年5月18日(火)。昨日(17日月曜日)、羽田発12時45分のJALにて北見へ来た。女満別空港へは14時30分到着。空港は霧が立ち込め気温13℃。少し肌寒い。コロナのせいで乗客は2割程度。空港から北見までの連絡バスは乗客4,5人、北見到着は13時15分。タクシーでぼたん園到着、15時30分。

  勿論だが、誰もいない。家に入ってブレーカーを上げて電気をつける。去年8月26日に家を出た時と何も変わっていない。早速、前回外して家の中に置いてあったヴィッツのバッテリーを戻そうと試みるが、うまく行かない。しかたなく、美幌のK整備工場に連絡、21日に来てくれるとのことで一安心する。続いて市役所から電話あり、川崎を発つ前に送付しておいたワクチンの接種券変更の件、19日に発行するので取りに行くこととする。接種の予約は確認のため1週間後からとなるとのこと。これでは世界に伍しては行けないはずと実感する。
  夜は、薪ストーブ。

  一夜明けて、今日は朝から快晴。久し振りに体感するオホーツクブルーの空。爽やかな空気と太陽の光。昼近く外でスタッフのSさんと遊木のマスターの話し声がする。マスターとは、昨年6月に来た時も会えなかったので1年ぶりに近い。北見も緊急事態宣言が出たので暫くは店も従業員を3人から1人に減らして営業するとのこと。だから2人は、先日の低気圧で倒れた木の始末を手伝うという。有難いことだ。マスターは新しい草刈り機で芝生を刈ってくれる。僕は、夕方まで風で落ちた木の枝を集める。

  あっという間に1週間と4日が過ぎ去ってしまった。今日は28日(金)。快晴の日々は長くは続かず、今週は落雷や雨の日もあった。
  
  

  

  
posted by ひろちゃん at 15:57| Comment(0) | 日記

2021年05月05日

独居老人の独り言 大山と仏果山・高取山

  令和3年5月5日(木)16時05分、今日はゴールデンウイーク最後の日です。一昨日、昨日と快晴で初夏の爽やかな日が続きましたが、今日は打って変わって朝から時々雨がぱらつく曇り空です。

  相変わらず武漢ウイルスは、イギリス型、ブラジル型、インド型などと変異しながら世界中で猛威を振るっています。日本も連日重症者が最多更新していて、緊急事態宣言を解除することができないでいます。ワクチン接種も遅々として進まず、先進国の中では最下位に甘んじています。そんななか、出歩くことも憚られる雰囲気ですが、いつまでも家に籠っていても気分は落ち込むし、実際に筋力は低下するばかりです。そこで、一昨日、昨日と連チャンで山歩きをしてきました。

  先月からいつものIさんと、5月4日(火)に山へ行く約束ができていましたが、2日の日曜日に会社勤務時代の後輩で近く(百合丘)に住んでいるW君から電話があり、丹沢の大山に誘われたのです。大山には子供がまだ小さかったころに家族で阿夫利神社に参拝したり、その後も一人で表丹沢や西丹沢の山々に登っていた時期がありましたので、懐かしさもあり二つ返事で引き受けてしまいました。

  令和3年5月3日(月)、天気予報のとおり朝から雲一つ無く、爽やかな一日になりそうです。前日の約束どおり、午前9時に新百合ヶ丘駅のタクシーターミナルの近くでW君を乗せて、東名高速の青葉インターに向かいます。W君は電車で秦野まで行き、秦野からはバスでとの積りのようでしたが、三蜜を回避するためには電車とバスは避けたいとの希望を了解してもらいました。

  ところが、青葉インターの料金所で早くも大渋滞、以降厚木インターまでノロノロ運転。この1年以上ずっと自粛、自粛で溜まっていた鬱憤を晴らすかのように皆さんドット繰り出したのでしょう。かく言う我々もそのとおりです。さらに、やっとたどり着いた厚木インターでうっかり間違ってそのまま厚木・平塚有料道路に入ってしまい途中から引き返すことに。

  そして、やっとの思いで麓の追分駅から6分ほどで阿夫利神社下社駅までを結ぶケーブルカーの近くまで来ると、またもや渋滞で殆ど動かなくなりました。ガイド本にも「休日は、大山に向かう県道は混雑するが抜け道はない。混むのは駐車場の手前1qくらいから。」と書いてあった。恐らくこの先、駐車場も参道もケーブルカーも混雑が予想されるので、急遽Uターンしてヤビツ峠から山頂を目指すルートに変更することにしました。

  ヤビツ峠は昔、何度かバスで行ったことがありますがほとんど記憶には残っていません。それでもナビのお陰で迷うことなく山道を30分ほど登ってゆくと、ヤビツ峠に到着。峠にある小さな駐車場も車とバイクで満車。仕方なく、少し戻った道路わきに空きを見つけて駐車。登山靴に履き替えて、やっと登山開始。時計は既に11時を過ぎています。

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<ヤビツ峠>

  このルートは初めてですが、最初から山頂までほとんど直登で石と岩が多く、初心者向きとは言え結構ハードでした。特に、下りは日頃鍛えていない足には応えました。私より8歳若いW君は学生時代にはボート部に所属し、会社に入ってからもランニング、そして今もジムと勤務先の高層ビルの階段を毎日昇降するというスポーツマンなので、その差は歴然としています。

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<山頂を目指して>

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<山頂手前、下社から登ってくる表参道との合流点、25丁目から見る丹沢の山々。富士山は雲の中。>

  大山山頂(1251m)には阿夫利神社が祀られていて、若い人や中高年、そして中国人で混んでいました。山頂のさして広くはない境内からは相模平野や相模湾、横浜や江の島、富士山、丹沢山塊が眺められます。この日は幸いにして黄砂の影響もなく、比較的クリアーな眺望が得られました。

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<大山山頂から見る相模平野と相模湾>

  帰途は東名高速が大渋滞との情報がありナビに従い国道246号に出ましたが、やはり厚木を過ぎてからは渋滞していました。長津田を過ぎて、ますます渋滞してきたので途中から246を離れナビに従い新百合ヶ丘を目指しました。新百合に着いたときには既に午後の8時を回っていました。
  
  翌日4日(火)も起床すると雲一つない快晴です。予報では昨日より気温は高くなるようです。昨夜、帰宅すると同時にIさんから電話があり、今日の予定は昨日と同じ東名高速の厚木インターから30分ほどの仏果山・高取山にすることになりました。

  この日もいつものように八王子に近いIさん宅を目指しますが、いつもと違って途中までは自分が知っているルート、途中からはナビの指示するルートというMIXを試みました。結果は・・・いつもの半分の40分でIさん宅に到着。これにはIさんもビックリ。

  仏果山・高取山も大山も同じ丹沢山塊の山ですが、仏果山・高取山の方が八王子に近く厚木からでは少し遠回りになるので、今日は高速を使わずナビに従い一般道を行くことにします。ナビが無かった昔に比べると本当に便利になったことを実感します。どこをどう走ったのか全く分かりませんが、さしたる渋滞もなく、宮ケ瀬湖に辿り着くことができました。昨日よりは車も空いているようです。

  宮ケ瀬湖畔にある大棚沢駐車場は湖畔では唯一の20台ほどの無料駐車場ですが、着いてみると生憎満車です。しばらくどうしようかと迷っていると、幸いにも1台空きができて無事駐車することができました。早速、登山靴に履き替え道路の反対側にある登山口の階段を上ります。

  登山道は初めは比較的なだらかで石や岩も無く、昨日の筋肉痛が残る脚には少しは優しいかなと思いつつも徐々に傾斜は増して、整備はされているものの階段が続きます。途中、若いカップルやグループ、なかには3歳くらいの子供連れの若い夫婦などと時折すれ違い(降りてくるほうは別として、登るほうは追い抜かれるのみ)ますが、あとは小鳥の鳴き声のみ。Iさんはどんどん先へ行き、見えなくなりました。

  休み休み登り、ようやく稜線に到着。道標に「右、仏果山0.9q」「左、高取山0.7q」とある。携帯をIさんにかけると、仏果山山頂まであと少しとのこと。ガイド本を確認すると、「標高747mの仏果山の頂上には高さ13mの展望台が建つ。展望台からは、丹沢の主峰丹沢山や大山などのほか、相模平野も一望できるが、宮ケ瀬湖の眺めは高取山の方がいい。」とある。

  心のなかで「昨日、大山から相模平野や丹沢山塊は見たし・・・、200mの差は大きいよな。」と、言い訳をしつつ左を選択する。尾根伝いで、そう大きなアップダウンは無く15分ほどで高取山山頂に着きました。南面が大きく開けて相模平野が一望できます。昨日よりは少し遠くが霞んでいますが、左右の視界は昨日より広いようです。

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<高取山山頂より相模平野を望む>

  山頂の広場には三つの木製テーブルとベンチがあり、若いグループ2組と老年の男性がテーブルで食事をしています。残るベンチでコンビニ弁当の昼食を済ませて、仏果山と同様に標高705mの山頂に建つ13mの鉄骨製の展望台に上ってみました。その時、Iさんから携帯がかかってきました。稜線の分岐まで戻ったとのことなので、こちらに来るように伝えます。

  展望台の上からは360°の眺望で、南側には先ほど見た相模平野が、反対の北側には丹沢山塊をバックに眼下に宮ケ瀬湖、東側には宮ケ瀬ダム、西側には仏果山の山頂が一望できます。スマホと小型カメラで景色を撮影し終わったところに、Iさんが現れました。仏果山までは結構きつかったとのこと。やっぱり、正解だったかな。

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<展望台から見る丹沢山塊と宮ケ瀬湖>

  しばらく休んで、下山することに。下りは登りよりキツイと言われますが、特に大した段差ではないのですが脚に応えます。やっと、ヤビツ峠の登山口に着いた時間は午後4時半。小休止ののち再びハンドルを握ります。カーブする山道を駆け下り、ナビに従い山里を抜け、高層ビルが目立つように変身した橋本の中心街を通り、やがてIさんも驚くような裏道を辿ってIさん宅に到着。

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<足に応える下り階段>

  Iさん夫妻の見送りを後にして、続いてナビのお世話になり乍ら午後の7時半には無事帰宅しました。
  少しは疲れましたが、一風呂浴びたあとは心地よい疲れに変わり、充実した一日に感謝の気持ちに満たされて、いつもより早めに眠りに就きました。

  
posted by ひろちゃん at 18:46| Comment(0) | 日記