2017年08月03日

有機農法と自然農法

平成27(2015年)年8月22日付の記事「自然農法」にも書きましたが、偶然本屋で手にした福岡正信先生の著書「自然農法 わら一本の革命」からスタートした自然農法による野菜作りですが、今年で12年程になります。

自然農法の起源は1930年代に遡り、世界救世教の創始者の岡田茂吉氏が、そして農業試験場の研究者だった福岡正信氏が試験場を辞めて郷里の愛媛県で帰農し、相次いで実践されたものであります。
福岡氏の自然農法は、無農薬、無肥料、不起耕(耕さない)、無除草を4大原則とし、人間はできるだけ余計なこと(しなくてもよいこと)はせずに自然に寄り添う農業を目指しています。
著書「自然農法 わら一本の革命」は農法書というよりは哲学書に近く、その後世界的ベストセラーとなり、世界各国から特に若者が氏の許を訪れ教えを乞うようになります。また、氏の死後(2008年95歳にて没)影響を受けた人たち(奈良の川口由一氏や最近では「奇跡のリンゴ」で知られる青森の木村秋則氏など)により日本全国で様々な形で今も実践されています。

自然農法による野菜作りを実践しています(平成29年7月20日 13:35撮影)170723i-phone映像 737.JPG

これに対して最もポピュラーな言葉として有機農法(organic farming)があります。
言葉としては20世紀初頭にイギリスのハワード卿やアメリカのロデイルにより提唱されたものであり、日本では40年ほど前に日本有機農業研究会が設立されorganic farmingを有機栽培と初めて訳したようです。(ネットのエコファーム「有機農法と自然農法の違い」より)

日本においては2000年(平成12年)に農水省の「農林物資の規格化及び品質表示の適正化に関する法律」(JAS法)によって有機農産物の基準が設けられ、「有機農産物」、「有機野菜」等と表示するためには下記のような用件を満たし、農水大臣に登録された登録認定機関による認定を受けなければなりません。(有機JASマークの表示が義務付けられる)
(1)農薬や化学肥料は原則として使用しないこと。ただし、2002年(平成14年)に緊急の場合で通常の防除方法では効果的に防除できない場合は特定農薬(安全性の明らかなものと定義されている30種類の農薬)の使用が認められることになった。
(2)農薬と化学肥料を3年以上使用していない田畑で栽培されてていること。
(3)生産から出荷までの生産工程管理・格付け数量等の記録を作成していること。
(4)遺伝子組み換え技術を利用しないこと。
*因みに農林水産省の「有機農産物の日本農林規格」(有機JAS規格)では有機農産物と並んで特別栽培農産物として、その地域での使用回数の5割以下しか農薬を使わずに栽培したものを「減農薬栽培農産物」、同様に5割以下しか化学肥料を使わずに栽培したものを「減化学肥料農産物」と定義している。
(ネットのWikipedia「有機農業」及びv350f200.com「野菜・果物に関するFAQ」より)

有機JASマーク平成29年8月4日まで 033.JPG

試行錯誤を繰り返しながらも、幼児にも安心して生で食べさせられる野菜を作りたいという思いで私なりに自然農法を実践してきました。理屈では理解した積りでも実際に畑に立つと、最初の頃は迷うことばかりでしたが、10年以上続けてみてやっとおぼろげながら見えてきたこともあります。
幸にも、畑は30年以上ぼたん園のバックヤードとして一部にツツジなどの花木が植えられていましたが、大部分は放置されていたため農薬や肥料を投入することは無く、また周りは住宅地のため周囲からそれらが流入することも無く、自然の腐葉土に近い状態でした。
従って、最初から自然農法による野菜の栽培をスタートすることができたことは誠にラッキーでした。

「有機農法」と「自然農法」を比較してみると、「有機農法」は農薬や化学肥料は原則として使用しないとしていますが、事実上一部の無機農薬(石灰硫黄合剤、ボルドー液=硫酸銅+生石灰など30種類)の使用は許可されています。また、化学肥料(無機肥料=リン酸やカリウム、窒素など成分そのもので構成されている肥料のうち、科学的に合成された肥料が「化学肥料」であり、尿素や硫安などが該当する)以外の有機肥料=枯葉や動物の糞、魚粉などの生物由来の原料を使った肥料の他に無機肥料のうち、天然物=鉱物などを原料とした肥料(草木灰、炭酸カルシウム、生石灰、微量要素など)の使用が認められています。
これに対し「自然農法」では無農薬、無肥料を原則としています。

私は自分で確認できないものは原則として信用しないことにしています。
従って「有機農法」の「安全性の明らかなもの」とか、「農薬と化学肥料を3年以上使用していない畑」とか、「人体に影響のない微量」という言葉を信用して、自分の孫たちに食べさせようようとはとても思えません。
それに対して「自然農法」は無農薬、無肥料ですから安心なのですが、実際に畑で実践するには相当の勇気と忍耐が必要になります。10年以上実践してみての感想ですが、野菜(野菜に限らず生り物)は全て人間の都合で場所や時期や品種を決めて作りますから、その時点で既に自然ではない訳です。従って人間の都合を優先する限りは、ある程度の補正は必要ではないかと思っています。現在、私は農薬こそ使いませんが、完熟した落葉堆肥と米糠は使用しています。ただし畑全面に施すことはせずに、例えばナスやトウモロコシのように特に栄養分を必要とする(これも少しでも美味しくしたいという人間の都合なのかも知れませんが)ものを中心に必要最低限にとどめることを心掛けています。

毎年秋には園内の落葉(通路や芝生などの落葉所に限る)を集めて堆肥を作り、翌年以降に使用します。(6月23日 14:16撮影)170713平成29年7月13日まで 018.JPG

「不起耕」と「無除草」は「自然農法」独自のものであり、「有機農法」には概念すらありません。
「不耕起」は分かり易く言えば畑は耕さないということです。なぜなら草や野菜が耕してくれるからです。
現に草や野菜の生えている畑を掘ってみると、大体地上の形と同じ範囲に根が伸びていて(普段見ることはできませんが樹木もその枝が伸びている範囲に根を張っています)、その先端は髭のような細根が無数に伸びていて、その周りに絡まるように土の粒々ができています。これがいわゆる団粒構造です。そして大きな草や野菜の根の近くには大きなミミズや虫がいます。更に目には見えませんが何億という土中菌が活動しているのです。自然は全て循環していますが、土の下も例外ではありません。それを毎年人間が掘り返すことでゼロにしてしまってよいのでしょうか?私にはとても大事なことに思えます。

「無除草」は分かり易く言えば、草は抜かないということです。「自然農法」とはいえ、種を播いたり苗を植える時にはその部分の除草は必要です。さらに種や苗がしっかり根を張って自立するまでは草の勢いを弱めてやる必要があります。かといって、「不耕起」でお分かりのように草を敵視するのではなく、草はお友達(協力者)と考えることが重要だと思います。「自然農法」では刈り取った草は種や苗の根元に敷いてマルチ(保温、乾燥を防ぎ、草を抑える)として、また緑肥として活用します。さらに周りに草があることで害虫の被害を分散する効果もあります。

最近では、スーパーでも有機野菜の販売コーナーがあるところが珍しくなくなってきていますが、「有機野菜」、「オーガニック野菜」、「減農薬野菜」、「減化学肥料野菜」などの言葉が氾濫していて、素人には区別がつきません。そしていずれも従来の野菜と比べると、何割か高い値段がつけられています。
実は日本では国内の全耕地面積に占める有機農業を実行している畑の割合はわずかに0.22%に過ぎず、しかもここ数年はずっと0.2%前後で足踏みしているのが現状です。
一方、有機農業先進国はイタリア8.6%、ドイツ6.1%、イギリス4.0%、フランス3.6%と高く、カナダ1.2%、アメリカ0.6%など、欧米諸に比べても有機農業の普及が遅れています。さらに、韓国1.0%、中国0.4%とアジアと比べても後進国となっています。
日本で有機農業が増えない理由のひとつは有機JAS認証を取得するための手数とコストがかかること、毎年更新しなければならない費用、有機JASマークのシール代、パッケージ代もすべて農家の負担になります。さらに、農薬の使用が制限されるため、大きな病害虫が発生すれば収穫が半分以下になるリスクも負わなければなりません。
それと、有機先進国と日本の大きな違いは、有機農業を国策と定めているヨーロッパの一部の国では、有機農産物には「安全」や「安心」以外の価値があるとして、有機農業を行う農家には補助金を出すなどの制度があります。また、国民の関心と理解が高いことも大きな特徴です。

以前、有機農業の研修でドイツに出かけたことがある天恵グループ(愛知県の大地を守る会の生産者)・津田敏雄さんは、店頭に売られている有機野菜を見て驚いたといいます。
「虫食いの野菜や、形が不ぞろいな野菜があたりまえのように売られているんだよ。これが商品になるのか、と店員に尋ねると”これは有機栽培で作られているから、形はどうでもいいのではないか”という返事だった。日本では、安心に加えて一般栽培と変わらない形状のものが求められる。日本では有機農業を一般に販売するためには、虫食いや見た目の美しさに対する意識が変わらないと難しいんじゃないかと思う。」(ネットの大地宅配by大地を守る会「有機ってなに?有機野菜は、なぜ広がらない?」より)

「自然農法」はさらに「有機農法」より認知度は低く、実際に実践している農家は極わずかであろうことは想像がつきます。むしろ日本国内よりも海外での方が認知されているのではないかとさえ思われます。
福岡正信先生が最初に疑問を持たれたのは、人間は自然に対して余計なことをしているのではないか?しなくてもよいことをしているのではないか?ということでした。そして、しなくてもよいことを剥ぎ取って行って行き着いたのが「わら一本の革命」であって、「自然農法」だったのです。
「自然農法」は究極の何もしない農業である、と言えるかもしれませんが、最も自然の理に適っている農業であるとも言えると私は思います。
そして、人間も自然の一部であり自然をよく観察することから始まり、人が生きて行くうえで大事なこともそこから学ぶことができると信じています。これからも「自然農法」を追及して行きたいと思います。
posted by ぼたん園々主 at 23:12| Comment(0) | 日記
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