2020年12月02日

独居老人の独り言 愛し野内科クリニック岡本先生との出会い

  今、ここに一通の紹介状がある。あて先は、北見市の北星脳神経・心血管内科病院 循環器科 福原源太郎先生御机下、そして差出人は、同じく北見市の愛し野内科クリニックとなっている。
  発信日付は2011年(平成23年)8月30日、となっているから、今から9年前である。この封書は封のところに「岡本」の朱印で割り印がされているので、本来は直接あて先の北星脳神経・心血管内科病院の福原源太郎先生に手渡されるべき封書であったはずである。今手許にあるということは当然のことながらあて先には届いていないということである。

  僕が東京都府中市の榊原記念病院で心臓の冠動脈のステント手術を受けたのが2014年(平成26年)の8月21日だから、先の紹介状の発信日から既にほぼ3年が経っている。この間、毎年愛し野クリニックの岡本先生から毎年紹介状を書いていただいているので、通算すると4通もの紹介状を書いていただいたことになる。今から考えると、その間に全く自覚症状がなかったとはいえ、我ながらあきれてしまう。

  この年(2014年)の確か7月初めだったと思うが、岡本先生から4通目の紹介状を渡されて、さすがに申し訳ないと思ったので、渋々ながら北星脳神経・心血管内科を訪ね、持参した紹介状を提出し検査を受けた。
  担当医の福原源太郎先生の最初の一言は、今でも憶えているが「河西さん、詰まっていますよ!天皇陛下と同じです!」であった。目の前のコンピューターには心臓らしきものと、それから伸びている太い血管らしきものの画像が映し出されている。2本の太い動脈が左右から心臓を包み込むように延びている。心臓の筋肉に栄養を送る「冠動脈」といわれる動脈だ。画像には左冠動脈が映し出されていて、心臓の鼓動に合わせて波打つように動いている。それは造影剤が黒く流れていることでそれと分かるのだが、途中から3本に枝分かれしていて、そのうちの2本が明らかに途中から先が白くなっていて流れていないことが分かる。血流が止まっているところから先の心臓の筋肉は壊死して、いづれ心臓は鼓動を停止する。「心筋梗塞」である。「97%詰まっています。すぐにでも手術が必要です。手術は北見ではできないので、札幌で受けることになりますが、どうしますか?」

  晴天の霹靂である。いままでも、今現在も全く自分には自覚症状が無い。胸が痛むこともないし、めまいもしたことが無い。全く心当たりが無いのである。8月か9月には自転車でスペインのサンチャゴ巡礼を敢行する計画である。「手術は旅行から帰ってからでは駄目ですか?」と僕。「とんでもない。東京で手術を受けるのなら、すぐに奥さんに迎えに来てもらいなさい。」と先生。「え?」。「飛行機はエコノミー症候群の恐れがあります。」

  それから急いで川崎の自宅に戻って(飛行機は何とか一人で搭乗した)、7月9日には救急扱いで府中の榊原記念病院の初診を受け、各種検査ののち前述したように8月21日には桃原哲也先生により手術を受けた。その後は2018年4月と翌年の2019年1月と4月に経過診療を受けたが、特に支障は無かった。
  その間は川崎にいるときは自宅近くの新ゆり内科橋央医師、北見にいるときは愛し野内科クリニックの岡本卓医師をかかりつけ医として毎月1回は検診を受けている。今のところは、お二人の医師の指導に従い検査数値に特に異常は無く、生活にも何ら支障はない。有難いことである。

  それにつけても、もし偶然にも岡本先生に出会っていなければ今頃はとっくにあの世に行っていたはずである。岡本先生のことを初めて知ったのは、全くの偶然である。2015年9月10日付の記事「命の恩人」にも書いたとおり、今から15年近く前、平成17年に叔母が亡くなった前後であったと思うが、いつも会社の帰り(その頃はまだ会社勤務で東京まで通勤していた)に立ち寄る本屋で先生の著書、「インスリンも注射も食事制限もいらない糖尿病最新療法」が目に留まったからである。

  題名が気になったことと、本を開いてみてその著者略歴の最後に、「2009年2月より北海道北見市で愛し野内科クリニックを開業」と書かれていたからで、早速買い求めて帰宅し読んだ。
  その内容は、それまで10年近く会社の健康診断や近所のかかりつけ医、そして2002年(平成14年)の5月に世田谷の関東中央病院での2週間の教育入院(糖尿病の初期の患者に糖尿病とは何か、悪化を防ぐための生活指導などを行う入院)などで受けてきた指導とは大分異なるものだった。

  翌年の春、僕は北見へ行ってすぐに岡本先生を訪ねた。愛し野内科クリニックはぼたん園からは車で15分くらい、JR石北線の駅で言うと北見駅から網走方面に向かって柏陽駅の次、愛し野駅の駅前、と言っても駅(無人駅)の周りにはクリニックと薬店があるだけで、駅の反対側(北側)は畑である。
  それでも、いつ行ってもクリニックの待合室は満室で、診察を待つ患者は絶えることが無い。2,3時間待ちは当たり前で、朝8時半からの開院の30分以上前から入り口にある専用の箱に診察券を投入して、順番待ちをする患者が多い。

  先生の著書には、『インスリン注射も食事制限もいらない糖尿病最新療法』(角川SSS新書 2009年)の他にも『薬が減らせて血糖値にもしばられない糖尿病最新療法2』(角川SSS新書 2012年)、『薬にも数値にも振り回されない高血圧最新療法』(角川SSS新書 2011年)、『本当は怖い「糖質制限」』(祥伝社新書)、糖尿病とアルツハイマー病を予防する地中海式和食レシピ』(監修 角川SSCムック 2013年)があり、その他にも『愛し野だより』として、最新の医療情報を中心にその時々の話題や「くちびるに歌を」と題したエッセイを自らお書きになっている。今、僕の手許には『愛し野だより』平成21(2009)年2月9日の第1号も、令和2(2020)年8月5日の第550号もあるので、これからも続いて行くのだろう。
  これらの著書や著書以外の本も、『愛し野だより』も待合室に置かれていて、いつでも希望者に貸し出されている。『愛し野だより』は、希望すればコピーをして無料で頂くこともできる。

  『愛し野だより』の第1号で、岡本先生は「院長の挨拶」として、いみじくもこう述べられている。
  「患者様本位の医療提供を目指したい思いでこの度、愛し野クリニックを開業いたしました。昨今の医療は機械文明に振り回されたふしの感じられるところが多いと思います。中略。
  私は患者様との直接的な人間関係重視の医療を大切にしていきます。そして機械文明に振り回されず機械文明を使いこなしていきたいと考えています。患者様にとって心ある医療となるよう最善を尽くしますので、どうぞよろしくお願いします。」

  これだけの患者を毎日こなしながら、本も書き、常に国内外の新しい知見を学習され、患者のため地域医療のために活動を続けておられること、そしてなによりも患者のことを大事に考え、いつも明るく接して居られる姿に頭が下がる思いをしている。

人生において人との出会いほど大切なことは無い。一期一会、どんな人であれ自分の人生にとって掛け替えのない宝となる可能性を持っている。永い人生、いつどこでどんなことが起こるかは誰にも分からない。神様の采配は己一人の小さな目で見ていては到底理解はできない。

  自分の体験を基に、岡本先生の著書を中心に紹介したいと思って書き始めたが、そこまで行かないうちに紙数が増えてしまった。今回はここまでとして、また機会を改めたいと思う。

    2019年の4月16日に榊原記念病院で、手術後経過5年の検査を受けた。手術を担当された桃原哲也医師は既に他の病院に転出されていて、心電図、採血検査のあと別の医師から簡単な説明があった。検査の結果には特に問題は無く、以降は何か異常が生じなければ定期的な検査は要らないとのこと。
  念のため、一つ質問をしてみた。「ステントは何年持ちますか?」。先生の答えは、「28年は持ちます」であった。すなはち、28年前にステントを留置した患者がまだ生きているということである。僕が冠動脈手術を受けたのが2014年69歳だから、単純計算で97歳までは今回受けた手術の効果は持つ可能性があるということである。

  日本人の3人に1人は癌で亡くなるというが、癌と並んで多いのが心疾患や脳血管疾患などの動脈硬化を原因とする死亡である。特に心筋梗塞と脳卒中は、癌のように発病から死までにある程度の時間が残されているのとは異なり、発病即、死という場合が多い。さらに厄介なのは、たとえ命が助かっても、日常生活に支障をきたすような後遺症を残す可能性が高いことである。実際に、「要介護者」の3割近くは脳卒中が原因となっている。(「平成19年国民生活基礎調査「厚生労働省)

  そう考えると、今回偶然にもその著書に導かれて岡本卓先生に出会うことができたことは、全くの僥倖としか言いようがない。そして、実際に冠動脈手術でお世話になった榊原記念病院の桃原哲也先生、山村善政先生にも感謝の念に堪えない。さらに、川崎の自宅にいるあいだは「かかりつけ医」として新ゆり内科の高橋央先生の指導を受け、北見にいるあいだは岡本卓先生の指導を定期的に受けられるということは、これからの人生にとってどれだけ心強いことか計り知れない。
posted by ひろちゃん at 23:54| Comment(0) | 日記
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