2019年07月21日

北見、2階の書庫。

  北見の自宅2階にある書庫には、誰が購入して、誰が読んでいたのか分からない本が沢山ある。

  平成17年に亡くなるまで、叔母は現在「遊木民族」がある店舗の2階に住んでいた。そこには所狭しと本が積まれていたが、叔母が亡くなってから現在の住宅(名義は宗教法人になっているので、庫裏と言った方がよいのかも知れない)を改修したときに、2階のそれまでは浴室があった部分を書庫に改修して、そこに本を移した。
  
<庫裏の2階にある書庫。左側の書棚の上にある写真は、祖父の貴一。>
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  森鴎外全集(筑摩書房)については、全八巻のうち第一巻は短編小説がその発表順に納められている。鴎外が小説の処女作「舞姫」(明治23年)から、「蛇」(明治44年)に至る29編である。鴎外の年齢でいえば、29歳から50歳までの期間の作品である。
  僕は今まで、鴎外の作品は読んだ記憶はないが、「舞姫」、「うたかたの記」、「文づかい」、「ヰタ・セクスアリス」などの題名は映画や何らかの記事などで見たり聞いたりしたことがある程度だ。

  第二巻には、「雁」を除けば全作品中、唯一の現代物の長編、「青年」が収録されている。

  どういう訳か、第三巻(「雁」、「阿部一族」、「山椒大夫」などの歴史小説を収録)が見当たらず、第四巻は、鴎外晩年の史伝(伝記)作品である。続いて第五巻(伊澤蘭軒)、第六巻(北条霞亭他)と抜けていて、第七巻は鴎外の文芸評論、随筆、日記及び詩歌の一部を集めたものである。

  続いて、第八巻(「即興詩人」、「於母影」他)が抜けていて、巻外の「森鴎外研究 吉田精一編」として、当代一流の作家、文筆家たち、佐藤春夫、小泉信三、斉藤茂吉、三島由紀夫、永井荷風、与謝野晶子などによる鴎外に関する論評、解説、交流などと年譜、参考文献などが収録されている。

  第三巻の「雁」、「阿部一族」、「山椒大夫」などは僕の遠い記憶のなかでは、まだ北見にいた頃だから小学校高学年か中学生の頃に、何で読んだかの記憶は定かではないが、かすかに読んだ記憶が残っているので、今一度読み返すことが叶わないのは残念である。誰かが持ち出して、そのままになってしまったのだろうか。

  芥川龍之介全集(岩波書店)については、全12巻が揃っている。それと、なぜか日本現代文學全集・講談社版 56 芥川龍之介集が一冊ある。
  
  何歳の頃だったのだろうか、多分北見にいた時だから小学生か中学生のころと思うが、今でも「蜘蛛の糸」や「杜子春」を読んだ時の記憶は鮮明に憶えている。自分は将来、どういう人間、大人になるのだろうか、カンダタや杜子春に重ね合わせて想像を膨らませていたように思う。

<森鴎外全集 筑摩書房(左) と 芥川龍之介全集 岩波書店(右)>
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  魯迅選集(岩波書店)は、全13巻のうち、第7巻と第13巻が欠損している。

  プラトン T 生涯と著作 田中美知太郎著 岩波書店 と プラトン全集 岩波書店 は全15巻のうち、なぜか第1巻から第9巻までが揃っているが、第10巻以降は見当たらない。他に角川書店版のプラトン全集1 編集 山本光雄 が1冊ある。

  日本古典文学全集 小学館 全51巻は、第11巻、第36巻、第48巻、第51巻の4巻が見当たらないが、その他の巻は残っている。

  魯迅、プラトン、古典文学といい、誰が購入し、誰が読んでいたのか推定できない。

  僕は、いづれも受験勉強で魯迅の代表作として、「阿Q正伝」、「狂人日記」があること、プラトンは古代ギリシアの哲学者で「イデア論」を唱えた、くらいの知識しか持ち合わせない。もちろん、それらの著作を読んだこともない。

  魯迅は中国共産党、毛沢東とも近いし、とても祖父貴一が関係しているとは想像もできないし、ましてやプラトンに関心があったとは考えられない。叔母の節子も両方ともにイメージができないのである。

  古典文学全集については、恥ずかしながら高校時代の古文や日本史の授業で学習した記憶はあるが、内容については全く思い出せない。

<魯迅選集(岩波書店)とプラトン 田中美知太郎著(岩波書店)並びにプラトン全集 岩波書店(上段)日本古典文学全集 小学館(下段)>
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  新訂 小林秀雄全集 新潮社 全13巻+別巻2のうち第3巻以外は全巻揃っている。別に、講談社 思想との対話6 小林秀雄 古典と伝統について、及び 文芸春秋 考えるヒント 小林秀雄の各1冊がある。

  白洲正子の著作については、世界文化社から出版されている、「鶴川日記」が掲載されている「雨滴抄」の他に、「日月抄」、「風花抄」、「風姿抄」、「夢幻抄」がある。他に数冊あったが、誰かにより持ち出されて還っていない。他に、新潮社からの「随筆集 夕顔」と「白洲正子 遊鬼 わが師 わが友」、写真集「花日記」(世界文化社)の3冊がある。
  「鶴川日記」にある、旧白洲次郎・正子邸は何度か見学したことがある。小田急線の鶴川駅から歩いても15分か20分くらいで、予約すれば昼食も可能であった。

  現代語訳 正法眼蔵 増谷文雄著 角川書店 は、全8巻が揃っている。他に、安谷白雲著 「正法眼蔵参究ー現成公案」 春秋社版 がある。

  小林秀雄は、誰が購入して誰が読んだのか分からないが、白洲正子は叔母の節子であり、正法眼蔵は祖父の貴一であることは間違いがないであろう。
 
<小林秀雄全集 新潮社 と 白洲正子の本 世界文化社他 と 正法眼蔵 角川書店他 (上段)日本古典文学全集 小学館(下段)>
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  吉田健一全集 原書房 は、全何巻か不明だが、第1巻から第10巻までが揃っている。また、吉田健一著作集 集英社 は、全30巻のうち、第2巻から第9巻までと、第11巻、第12巻までがある。その他に、小説として「短編集 道端」(筑摩書房)、長編小説として「金沢」(河出書房)、「瓦礫の中」(中央公論社)、エッセイ集として「文明について」、がある。
  吉田健一については、全く名前も聞いたことがなく、何も知らない。ただ、原書房の折り込みに、大磯清談ー父子対談として、父吉田茂との対談が載っているので、吉田茂の息子であることが分かる。

<吉田健一全集 原書房 (右) と、吉田健一著作集 集英社 (中) と、小説、エッセイなど(左)>
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  鈴木大拙全集 岩波書店 は、全30巻+補巻二 が揃っている(補巻一が無いけれど)。鈴木大拙については、名前は聞いたことがあるくらいで、全く知らない。ネットで調べてみると、禅と仏教に関わり、キリスト教にも言及があるようである。そして、愛についても語っているようであり、興味が湧くが、この量を見ると、なかなか難解そうでもあり、読み切ることは難しそうだなあと思う。内容から推定すると、祖父の貴一かとも思われるが、叔母の節子であることも考えられる。

  さらに、鈴木信太郎全集 大修館書店、全5巻+補巻 があるが、この人についてはフランス文学者とあるが、読んでみないと全く分からない。

<鈴木大拙全集 岩波書店 全30巻+補巻の一部、第1巻から第24巻まで>
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  世界の歴史 中央公論社 全16巻。第1巻と第2巻が見当たらず、第3巻と第14巻が重複している。これとは別に、世界の歴史 講談社 全25巻があるが、第4巻だけが欠けている。

  聖書の歴史 講談社 全6巻+別巻1、2、3、4、の計10巻がある。
  聖書の歴史は、多分叔母節子のものと思われるが、世界の歴史は叔母のものかどうかは、分からない。少し後の世代、例えば僕や従姉妹兄弟のものかも知れない。

<世界の歴史 中央公論社 と、聖書の歴史 講談社 (上段) と、世界の歴史 講談社 (下段)> 
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  世界の名著 中央公論社 全66巻。これも、どうも中学生か高校生ぐらいの子供たちのために、誰か大人が買い与えたのではないだろうか?誰が、どこまで、読んだのだろうか?

<世界の名著 中央公論社 全66巻>
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  書道芸術 中央公論社 全20巻別巻4巻。ただし、第7巻、第10巻、第16巻が無い。誰が購入したのだろうか?書をやりそうなのは、祖父の貴一と伯父の二郎だが?

  ちょっと変わったところで、日本囲碁体系 筑摩書房 全18巻がある。第7巻が欠けている。これは誰のものかは分からないが、ひょっとすると、祖父貴一の弟、大叔父の十二郎かも知れない。

<書道芸術 中央公論社 全20巻と別巻4巻の一部(下段) と 日本囲碁体系 筑摩書房 全18巻、ただし、第7巻が抜けている(上段)>
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  そのほかにも、長谷川如是閑選集 栗田出版会 全7巻+補巻1巻、同じく、国家行動論1巻、や 山口剛著作集 中央公論社 6巻、や 澤木興道著作集 大法輪閣 17巻+別巻1巻、などがある。

これらの本については、僕にはこれから先どのくらいの時間が残されているのかは分からないが、興味のあるものから読んでみたいと思っている。
  
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2019年07月09日

令和元年7月9日、火曜日、午前9:47

  現在、北見地方は晴れ、気温19℃、爽やかな空気と緑が身体全体と目に沁みます。園内は光が溢れ、木陰はあくまでも涼しく、いろいろな小鳥のさえずり、兄弟だろうか2匹のエゾリスが太い松の幹の回りを追いかけっこしてグルグル回ています。ここは、街中にありながら街とは隔絶された静かな別天地です。

7月1日 9:30撮影190709i-phone画像 001.JPG

7月1日 13:05撮影 こども園の庭先に桜の苗を植える190709i-phone画像 005.JPG

7月3日 11:38撮影 今年2回目の薪ストーブ190709i-phone画像 007.JPG

7月3日 9:07撮影 赤いバラと白い梅花ウツギ190709i-phone画像 014.JPG

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7月7日 9:09〜11:09撮影 バラとクレマチス他190709i-phone画像 017.JPG

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7月8日 11:10撮影 青い空、白い雲と「美山遊子こども園」の子供たち190709i-phone画像 028.JPG 

7月8日 11:18撮影 来年のために花の咲き終わったクリンソウの手入れをするSさん
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7月8日、9日、今年2回目の草刈り直後の芝生190709i-phone画像 042.JPG

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7月9日 8:37撮影 去年から園内に鹿が現れ、ブルーベリーやバラの花を食べられたので止むを得ず紐を張っています。
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7月9日朝撮影 バラとクレマチス190709i-phone画像 061.JPG

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7月9日朝撮影 山アジサイなど190709i-phone画像 067.JPG

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7月9日朝撮影 光と影の正門参道190709i-phone画像 040.JPG

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7月9日朝撮影 来年はブルーベリーとハスカップを植えよう。草丈1.5メートル以上を3日掛かりで刈りました。
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2019年06月30日

令和元年6月30日現在のぼたん園

  今年は、5月26日に佐呂間町で39.5℃を観測し、北見もそれに近い猛暑日となった。そのため、数日前から咲き始めていた牡丹が一挙に咲きだした。6月に入って早くも3日、4日には満開を迎え、例年であれば10日前後が一番の見頃であるはずが、その頃には既に終盤を迎えた。

  牡丹が終わると、途端に園内は静かになる。これから、やっと夏らしくなる7月までは本州では梅雨の季節になるが、北海道には梅雨がないと言われたのは一昔前までのことで、最近は北海道でも、特にオホーツク地方では冷たい雨が降り、よく低温注意報が出される。

  それでも、この2,3日は爽やかな晴天が続き、草刈り作業が捗る。そんな園内の今朝の状況を写真で紹介します。

<この日、牡丹は遅咲きの黄色い花だけが数株咲いているだけ。>
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<この時期は芝生の緑がひときわ鮮やかで、刈ってもすぐに伸びてくる。1年中で一番草が伸びるときです。>
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<いつも静かに見守って下さっている、観音様とお大師様。>
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<バラが咲き始めました。冬が厳しい(雪の積もるのが遅く、寒風に晒され枝先は殆ど凍ってしまう)のでなかなか大きくなれません。>
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<この3本のバラは、日当たりが良いのか、土が良いのか、大きく育ちました。>
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<クリンソウ(九輪草)もまだまだ咲いています。>
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<大姥(おおうば)ユリもこんなに大きくなりました。まだまだ大きく育ち、2メートル以上になります。>
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<紅ウツギ(赤い花)と梅花(白い花)ウツギ。紅ウツギが盛りを過ぎる頃に梅花ウツギが咲き始めます。>
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<白いアジサイ、アナベルも7月中ごろには咲き始めます。>
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<都忘れはピンクと紫、白の3色が咲いています。>
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2019年06月26日

人生100年時代の到来と年金問題

  このところ、人生100年時代到来とマスコミが喧伝し、6月3日に取りまとめられた金融審議会の報告書が「公的年金だけでは、老後30年間(満95歳まで)で2,000万円が不足する」と公表した。これに対して麻生太郎金融担当大臣が、この報告書を受け取らないと表明し、野党は7月に予定される参院選に向けて政府批判の材料として取り上げている。

  僕は、この金融審議会の指摘は至極当たり前のことを言っているに過ぎないと思う。いや、むしろ現実はもっともっと厳しいものになるだろうと思う。なぜならば、この2,000万円の不足額には2004年の年金改正で導入された「マクロ経済スライド」が全く織り込まれていないからである。

  「マクロ経済スライド」とは、改正前までは年金は物価上昇率に応じて毎年上げ下げされるのが原則であった(物価スライド)のに対して、2004年の改正では一定期間、物価スライドが棚上げされ、現役世代の人口減少や平均余命の伸びを勘案して給付水準を自動的に調節する仕組みに置き換えられたことをいう。

  2004年の改正では、高齢化が進むもとでも年金財政を持続的なものにするため、保険料率の段階的な引き上げや国庫負担(税金)の増額という歳入増とともに、「マクロ経済スライド」という歳出抑制を図る仕組みが導入されたのである。これを根拠に、「100年安心」のキャッチフレーズが生まれた。

  具体的には、仮に物価が2%上がっても年金の上げ幅は物価上昇率から1〜2%差し引いた0〜1%に止められることになるのである。この「マクロ経済スライド」をきちんと織り込んで計算し直すと、2018年に月5万円の不足額は、2037年には8万円、2047年には10万円へと拡大する。そうすると、2,000万円だった不足額は30年間で3,000万円となる。

  さらに報告書では、サラリーマンの夫と専業主婦の妻からなる世帯を想定していて、年金給付額の総額9,700万円は、夫の厚生年金と基礎年金、妻の基礎年金と夫の死後に受け取る遺族厚生年金の合計額である。

  そこには、次のような世帯が抜け落ちてしまっている。
  一つは、国民年金制度加入者、すなわち基礎年金のみの受給者である。基礎年金は満額でも月6.5万円(2019年)程度であるうえ、年金財政を持続可能とするためには、仮に将来良好な経済状況が続いたとしても3割程度の給付水準抑制が必要との試算が示されている。

  もう一つは、単身高齢女性である。現在、75歳以上の女性のうち約3分の2の664万人が、夫との死離別・未婚である。2040年には、こうした女性が920万人まで増加すると見込まれている。
  報告書が想定するように、夫婦ともに老後20年、30年を過ごすのはむしろ少数派であり、単身高齢女性の老後所得保障政策こそ、より真剣に対策を検討しなければならない課題だと思う。
  
  報告書に対する世の中の反応は、大方はマスコミと野党が「百年安心と政府が約束したのに、30年間で2,000万円不足するとは何事か」と煽った結果だろう。良識のある国民は、そんなことはとっくに承知のことである。国の年金とは、あくまでも最低保証であり、誰も国がゆとりある老後まで保証してくれるとは思っていないだろう。

  我々は、北朝鮮のような特定の一族による独裁国家や、中国のような共産党による一党独裁の社会主義国家に住んでいる訳ではない。自分の将来は自分で決められる自由主義の国家に住んでいるのである。しかも、少しでも自分や家族の将来に関心があれば、誰でもあらゆる情報を収集することができるし、自分なりに対策を立てることもできたはずである。
  
  いい歳をして、大の男がマスコミや野党の誘導に乗って軽々に騒ぎ立てるのは、己の馬鹿さ加減を自ら晒すようなものである。30年以上前から分かっていた状況に対して、何らの手だても講じることなく安穏と過ごしてきたつけが回ってきたに過ぎないことを知るべきだと思う。世の中と自然は、そんなに甘くはないのだ。

posted by ぼたん園々主 at 21:15| Comment(0) | 日記

2019年06月19日

ふたたび孤独について

  最近、本屋の店頭には孤独に関する新書が目立つ。いろいろと読んでみたが、大体は孤独こそ自己の内面に深く向き合うことで真に豊かな人生を送れる、と言うのが結論になっているものが多いように思う。あたかも、孤独を礼賛するようなものもある。

  本当にそうだろうか?確かに孤独(自分一人)の状態にあることは、他人から邪魔されることなく、他人の評価や承認を求めようとする必要もなく、より深く自己を見つめることができる。自分は本当は何がしたいのか、したくないのか?何をすべきなのか、すべきではないのか?どんな人間になりたいのか、なりたくないのか?自分にとって、一番大事なことは何なのか?等々、ゆっくり静かに考えることができる。

  孤独には三つの様相があるとするものもある。(「孤独の達人」 諸富祥彦著 PHP新書)
  一つは、パートナーがいない、友達がいない、といった社会的孤立。あるいは、配偶者や恋人、家族を失うという喪失感。自分で選んだわけではなく、否応なくそのような状態に追いやられてしまった「非選択的な孤独」ともいえる孤独。ただひたすら寂しい、喪失と絶望にうちひしがれた孤独である。

  二つ目は、普段、仕事仲間や家族(配偶者を含め)や友人、恋人などとの人間関係に縛られ、心身ともに疲れた人が、自分を解き放って自由と解放を獲得する、自分から主体的に選択する「選択的孤独」。

  三つ目は、世の中の喧騒から離れて徹底的に孤独に徹し、一人黙して自己の内面深くに沈潜する「実存的な深い孤独」。自己と向き合い、自己と対話する時間がなくては、人間としての真の成長はない。また、創造的なこと(思想、芸術、科学的な発見など)は、孤独な作業からしか生まれないし、深い孤独を知った人間は、表面的なつながりは避けて少数の人との深く、親密な関係でしか満たされなくなる。

  僕は、人間は本来孤独なものだと思っている。誰でも、少なくとも生まれてくるときと、死ぬときは一人である。友達や、配偶者や恋人、家族、にも行き違いはあるし、いつかは別れのときもくる。その意味では誰しも「非選択的な孤独」な存在であることは仕方のないことだと思う。寂しい存在なのだと思う。

  そのことを認めたうえで、では、その孤独に自分はどう向きあうのか、孤独で寂しいから友達や恋人を求めて彷徨うのか、配偶者や家族に救いを求めるのか、はたまた、最近はLINEやFACEBOOKのような手段で不特定多数の人と繋がろうとするのか・・・・・。なんとも、余計に寂しくなるだけのような気がする。そのような関係(お互いに一人では寂しいから、という関係)は長続きはしない。

  かといって、人間関係に疲れたから孤独になりたいというのも誰にでもあることだが、これとて寂しいことには変わりないと思う。いくら自分を解き放って自由だといっても、永遠に孤独が続くことには耐えられないだろう。特に、大きな挫折を経験したり、自分でも年老いたと感じるときには、仕方がないと諦めるか、誰かに慰めて欲しいとか、そばにいて欲しいとか思うのが人間だ。

  ましてや、積極的に孤独であることを選択し孤独に徹することは、確かに何か創造的な仕事を成し遂げるときには必要なものかも知れないが、四六時中孤独に徹することなど普通の人間にできることなのだろうか。  普通の人間は、一つ目の「非選択的な孤独」に常に留まっているか、時々二つ目の「選択的な孤独」と、稀には三つ目の「実存的な深い孤独」の間を往ったり来たりしているのではないだろうか。

  例えば、偶然なことから出会った女性(男性)にひと目惚れしたとしよう。自分の人生で二度と巡り合うことはないと思えるほどの、自分にとって理想の女性(男性)だと思い、誠実に自分の思いを告白し、相手もそれなりに好意を見せてくれていた(と思っていた)とする。しかし、それから暫くして、ある日突然、自分としては納得のいかない理由で(あるいは、理由さえも告げずに)付き合いを拒否される。

  思いが深ければ深いほど、心は傷つき、なかなか立ち直ることさえできない。孤独で寂しいときを耐えなければならない。「非選択的な孤独」である。とてもとても、「選択的な孤独」や「実存的な深い孤独」の心境にはなれない。僕は、それが人間というものだと思う。

  最近は、世の中が昔と比べると、まだまだ欧米には及ばないにしても、多様性を容認するようになったからか、あるいは、よりストレスフルになっているからか、恋愛をしない若者が増えているそうだ。また、生涯結婚せずに独身で過ごす人や、結婚しても数年で別れる人、最近は20年も30年も連れ添ったにもかかわらず離婚する、いわゆる中年、熟年離婚も増えている。
  それは、人々の考え方がより自由になったからでもあり、必ずしもネガテイブなことではない。ただし、恋愛や結婚をリスクと考えて臆病になるか、あるいは逃避的になっているとすれば、それはつまらない人生を送ることになることだと思う。

  僕は、この世には「愛すること」ほど素晴らしいことはないと信じている。幾つになっても、それは最高の幸せであると思う。ただし、「愛すること」には覚悟と忍耐と勇気が必要不可欠だ。時には大きな犠牲が必要なこともある。

  自ら孤独を求めて心の安らぎを得ることも、孤独に徹することで自分自身を深く見つめることも、ときには必要なことであることは間違いない。しかし、人であれ、自然であれ、他の何かであれ、「愛すること」ほど心ときめき、心安らぐことはない。だから、僕はもし人間が孤独や寂しさから解放されることがあるとすれば、それは唯一「愛すること」でしかないと信じている。

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