応接室で一通り説明を聞いたところで、昼食の試食のためダイニングに案内された。既に午後1時を回っていたので、広々として天井が高く、まるで一流ホテルのレストランのようなダイニングは人影も疎らである。樹々の緑と青い空が見え、陽光がいっぱいに射し込む床から天井まである大きなガラス窓の近くのテーブルに3人席をとり、3種類の日替わりメニューから好きなものを注文する。
<この日のメニューは、A御膳 野菜天ぷら、B御膳 夏野菜と燻豚グラタン、C御膳 冷やし山菜うどん、の3種類。お二人はA御膳を、僕はB御膳を注文した。>

<食事の予約は必要なし。家族や友人との会食、パーティーには別にプライベートダイニングがあり、予約をすれば特別料理を準備してもらえるとのこと。>

(令和6年8月2日、金曜日、晴れて35℃の暑さ。午後11時05分)
試食を終えた後、お二人に館内の共用部分の、使用中だった大浴場と大ホールを除くエントランスロビー、ガーデンラウンジ、図書室、温水プール、大ホール、ビリヤードルーム、茶室などと、診療所(別法人の「秦野メディカルクリニック」)、そして全部で355室ある一般居室(個室)のうち現在空室となっている14室の中から3室を、最後に60室ある介護居室(24時間介護体制)のうちの1室、さらに階段浴、寝浴、車椅子対応浴などの各種の浴室まで案内していただいた。
<建物は壱番館から参番館まで3棟あり、写真は壱番館から弐番館に向かう廊下。夏祭りがあるそうで提灯が飾られていた。>

<ゆったりしたライブラリー。ゆっくりと好きな本が読めそうだ>

<ビリヤードルーム>

<温水プール。入居者が一人だけ泳いでいた>

<壱番館5階モデルルームのリビング。南向きの1LDK、50.2u、日当たりがよく、床暖房もある。>

<同じく、ベッドルーム>

<ベッドにはAIスキャンが敷かれていて、入居者の睡眠状況がクリニックで把握できるようになっているそうだ。>

<エアコンは天井にビルトインされていて、入居者が設置する必要はない。>

<同じく、リビングより玄関の方を見る>

<弐番館6階の居室ベランダより箱根の方角を望む。生憎曇っていて富士山は見れなかった。>

<同じく東方向を見る。湘南や江の島が見えるとか?この日は生憎の空模様で確認はできず>

<壱番館・N棟の地下(半地下)にある介護居室。看護師、ケアスタッフによる24時間体制の看護が受けられる。>

<60室ある介護棟のリビング>

午後3時からは入居者との懇談が用意されていて、入居者の方は80代の男性一人、75歳の女性一人のお二人、今日の見学者は自分と、もう一人女性の二人、計4人と施設側のお二人もオブザーブ出席された。
入居者のお二人は、夫々ご家族の状況もご入居の経緯も違うが、お二人共お元気そうでサンシティ神奈川での毎日を安心して過ごしていると話された。(令和6年8月3日、土曜日、ほぼ晴れで相変わらず暑さが続く毎日。午後9時20分)
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我が家の教育方針。実は我が家には教育方針というものが無い。考えてみると、僕自身も3歳から13歳(中学2年)までは祖父母に育てられた。中学2年の時に突然、東京の母の許に行くことになった。それまで、母は横浜の病院(母の同級生のご両親が経営していた関係でお世話になった)で8年半も入院していたのだが、ようやく退院できることになり、僕を引き取ることになった。
僕は祖父から「勉強しろ」だの「〇〇はしてはいけない」等という言葉は聞いた記憶がない。全くの自由放任である。ただし、嘘をつくことと、男らしくない振る舞い(弱い者いじめや卑怯なこと)をしたときは、厳しく叱られた。それ以外は全く自由であり、したいことをさせてくれた。祖父は、自分が正しいと思ったこと、本当にやりたいと思ったことは、たとえ大多数の他人の考えと違っていたり、反対されても、それにめげることなくやり通すことを良しとする人だった。
母もまた、自身の干支がイノシシなことからよく、「私はイノシシだから、猪突猛進するの」と言っていた。確かに父との結婚を決めたときも、「お国のために死にゆく若者を一人では行かせられない」との思いで、父や周囲の人間の反対を押し切って一人で決断したという。また、祖父と同じように嘘を嫌った。「騙すより騙される方がまし」とよく言っていたことを思い出す。また祖父と同じように「勉強しなさい」とか「〇〇はしてはだめ」などと言われたことは記憶にない。(令和6年8月4日、日曜日、今日も一日猛暑。午後11時45分)
従って僕も自分の子どもたちに勉強しろとか、ああせえこおせいなどと言ったことはない。勉強は他人から言われてするものではないと思っているし、学校の勉強だけが勉強ではないと思っている。こどものときは自分が興味をもったことを好きなだけ自由にやればいい。そうでなければ、本当に自分がやりたいことも分からないし、自分がどんな力を持っているのかも分からない。転んでも何度でも立ち上がれる力と、他人に頼ることなく自分自身の力で壁を乗り越え、逞しく生きて行ける人間になって欲しいと願うだけである。
子どものときは、自然と親しみ、学校では「読み書き算盤」がしっかりできるようになればよい。あとは自分で興味を持ったものをやればよい。自然や人間に興味を持つようになれば、他人から言われなくても勉強が楽しくなる。知識欲と探求心があれば充分である。なまじ学校の成績や試験の点数ばかりが気になるようでは、自由な発想や探求心の深化には邪魔になる。僕は人間、おおらかで器の大きな大人になるためには、子どものうちは自然のなかで育つことが物凄く大事だと信じて疑わない。(令和6年8月5日、月曜日、晴れのち曇り、午前中から30℃超え。時刻は午後5時10分)
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人間にとって本当の幸せとはなんだろうか?妻が比較的軽度ではあるが要介護状態になって約10か月が経ったが、最近は人間は3食(あるいは2食)美味しいと思うものが食べられて、それが毎日安定して続くことが一番心身ともに良い状態でいられることだと思うようになった。それさえしっかり確保できていれば、残りのことは自由と工夫があれば、毎日を楽しく過ごせる。楽しくするのも、空しくするのも自分次第である。
今日、僕は以前にも記事に書いた「九十歳のラブレター」(加藤秀俊著 新潮社)を書棚から取り出して、また読み始めた。「いつものように、ここ数年は妻の心筋症が悪化して入退院をくりかえすようになったため、夫が朝食の用意をして8時に妻を起しに寝室に向かう。」そんな書き出しから始まる。この奥さんは20年来心疾患で循環器外来に通院し、しかも骨粗鬆症による腰痛を抱え整形外科にも通院していたという。この頃二人(同級生)は翌年には90歳になろうとしていたのだ。
僕たち夫婦より10歳以上も先のことだけれど、なんとなく身につまされる。立場は逆だけれど、心疾患だの虚血性心不全(死因)、腰痛(僕の妻は変形性膝関節炎)などという病名を聞くと、とても他人事とは思えなくなる。この本の帯に「どんなに仲のよい夫婦でも、結局どちらかが一人で残される―」と書かれている。そのとおりである。人間、最後は一人である。でも、一つだけ違うところがある。それは記憶(思い出と言ってもいいかもしれない)である。それは、この夫婦にとっては65年間の記憶である。それは、日々の何気ない日常であり、楽しいできごとであり、そして悲しい、苦しいできごとでもある。幸せとは、それらの全てが懐かしく愛おしく感じられることなのではないだろうか。(令和6年8月9日、金曜日、今日も一日暑し。午後9時48分)
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毎日酷い暑さが続いている。外へ出ることが高齢者にとっては危険であるのかもしれない。かと言って24時間家に閉じこもって、特に座ってばかりだと健康にはよくないらしい。24時間エアコンの温度設定を26℃にしていても、8月は電気代などの補助金も無いらしいから、一体幾らの引落額になるのか想像もつかない。幸い我が家にはフィットネス・バイク(自転車漕ぎ)、ローイング・マシーン(ボート漕ぎ)、健康ステッパー・ナイスデイ(ペダル踏み)、鉄アレイ(5s×2)などがあるので、テレビのラジオ体操と並行して真面目に毎日少しづつでも続ければ、少しは筋肉の維持は可能かもしれない。
運動が大事なことは間違いがないが、それ以上に重要なことはやはり食事の内容だろう。現在続けているのは2021年に81歳で亡くなった、サナダムシ博士藤田紘一郎先生が薦めるボーンブロス(鶏手羽中と野菜のスープ)、それと今年の3月から始めた「血管をよみがえらせる食事」(コールドウェル・B・エセルスティン・Jr著、(株)ユサブル)が薦める「プラントベースでホールフードの食事」(野菜、果物を生で食べる。肉や魚、乳製品は食べない。一切の油を使わない。全粒穀物製品だけを使う。白いご飯米や白いパン、白いパスタは使わない。)の二つである。ただし、後者は厳密に実行するとなると食べるものが殆ど無くなってしまうので、程々にしている。
それでも、この二つを試行してからは体調が頗るよくなった。特に今までは夏場、北見で外の作業で汗を流した翌日などは便秘になることが時々あったが、それは無くなり毎日快食、快便である。何よりも、この二つを始めてからは体重が、一昨年までは多い時は92sあったときもあるが、今は77sと15sも減った。身体が軽くなり、何事に対しても意欲が増したことを実感している。いままで諦めかけていたことでも、チャレンジしたいという気持ちが沸いてくる。この調子でゆけば、100歳まで充分元気で活動できそうに思えてくる。(令和6年8月12日、月曜日、12日の山の日の振替休日、晴れで最高気温は35℃。午後3時20分)
(追記)
関連記事 ボーンブロス 2021年11月6日、健康トレーニング 2019年4月12日、独居老人の独り言 2024年3月2日
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9月の自民党総裁選に向けて10人前後の立候補者が報道されている。不思議なことに、参議院議員の青山繁晴氏のことについては、本人が昨年の11月から立候補を宣言しているにもかかわらず、どのマスコミもまったく取り上げていない、というか全く無視をしているとしか思えない。青山氏はこの数年、党員の獲得数で党内トップを続けている。参議院からの立候補は過去にあまり例がないとも言われているようだが、参議院議員は総理総裁になれないということはない。青山氏は自民党を中から改革すると平素から言っているので、よほど都合の悪い自民党幹部もいるらしい。しかしテレビもラジオも青山氏を、あたかも存在していないかのような扱いをしていることにには非常に違和感を感じる。(令和6年8月19日、月曜日、午後10時10分)
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以前からそう思ってはいたが、日本のマスコミがここまで腐っているとは何とも情けない限りである。青山氏が8月23日(金)に正式に総裁選への立候補を表明する記者会見を開いたにもかかわらず、8月28日(水)現在、国民から視聴料を得て運営している公共放送のNHKを始め、民放もNHKに倣ってか僅かに地方の1テレビ局ぐらいしか報道していない。こんなことが許されていいのだろうか?盛んに取り上げているのは、小泉、石破、河野の3馬鹿トリオ(いづれも皇位継承については女系天皇、または女性天皇容認論者であり、我々のご先祖が2600年のあいだ永永と守り続けてきた男系皇統の歴史と意味を理解しているのか?まさか、国会議員ともあろう者が、学校で習わなかったからなどとは言わせない。)と財務官僚出身の小林の話題ばかりである。
あたかもタレントの人気投票のように、中味のない空疎な報道ばかりである。ワイドショーのコメンテーターも、こんな連中しか人材がいないのかと思うようなくだらない質問をするばかりで、彼らの真の人間像や国家観、世界観、政策、経営感覚(事業経営の経験もない人間に国家の経営はできない)、などの肝心なことは全く見えてこない。一例を挙げれば、皇位継承問題についてどう考えるのか?あるいは日本だけが30年以上も貧困化している原因は何だと考えているのか?今後この惨状を打開して、再び栄光を取り戻すためには何から手をつければいいと考えているのか?こんな簡単な質問でも、彼らの頭の中を明確に知ることはできる。
米国の大統領選のように、公共放送であるNHKが候補者を(一同にでも、グループでも)集めて、デイベートを徹底的にやらせたらいい。日本国の総理大臣になる人間を選ぶのだから、NHKが協力することは当たり前のことだろう。数回に分けて、できるだけ大勢の国民が視聴できるようにする。その際はメモ程度は可としても、原稿の持ち込みは不可とする。もちろん秘書や助言者の同席は禁止。質問あるいはテーマは司会者が準備するとして、その他に一般の国民からの質問もその場で受ける。(視聴者の質問の方が的を射ている場合が得てして多いことと、事前準備なしで回答することで頭の回転度を見ることも可能だろう。)
マスコミやコメンテーターの先生方は本当に彼らがプーチンや習近平やほぼトラと堂々と、対等に渡り合えると思っているのだろうか?今の世界情勢は親から地盤、看板、政治資金まで税金も払わずに譲渡(相続)されるだけの二世議員でも勤まるほど甘くはない。官僚に初歩的なことからレクチャーを受けたり、まるまる読み上げるだけの答弁書を作成してもらわないと国会での答弁さえ覚束ないような素人議員は要らない。(令和6年8月28日、水曜日、曇り、気温30℃、午後4時30分)
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